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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)647号 判決 1961年1月23日

東京都民銀行

事実

控訴人(一審原告、敗訴)は昭和二十九年三月五日訴外服部商会に対し、当時同訴外人が被控訴人東京都民銀行に対し有していた定期預金合計百万円並びに通知預金六十万円を定期預金に直し、これらを担保に金百四十五万円を貸し付けることにして、被控訴銀行銀座支店長にその旨了解を求め、その承諾を得たので、控訴人は当時既に右訴外服部商会から交付を受けていた定期預金証書の裏面の受領欄に銀行係員から印鑑照合を受けた上、訴外服部商会に対し右金百四十五万円を貸与した。

ところで右貸金の担保としての定期預金証書の交付は質権設定契約であつて、該契約については訴外服部商会から被控訴銀行に対してその旨通知し、その承諾を得ており、質権設定者たる服部は右貸金の支払期日に支払をなさなかつたので、債権者たる控訴人は質権に基き第三債務者たる被控訴人に対しその支払を求める。

仮りに本件預金証書の交付が、質権設定行為でないとしても、控訴人が本件預金証書の交付を受け、被控訴人に対しその旨通知し、又承諾を得た上証書の裏面受領欄にあらかじめ訴外服部商会の記名捺印を受け、しかも被控訴銀行係員をして該印影が同銀行届出の印鑑と同一であるか否かの確認を得て、本件定期預金証書の各弁済期に弁済を受け得られるような措置を事前に講じて置いたことに徴すれば、担保の目的を以てする定期預金債権の譲渡があつたものと解せられ、しかも第三債務者である被控訴銀行に対し右証書を担保として貸金することの通知及び承諾がある以上、被控訴銀行は控訴人の本件預金について支払義務がある。

よつて控訴人は被控訴人に対し、本件預金の内貸付元金に相当する金百四十五万円並びにこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求めると主張した。

被控訴人東京都民銀行は、控訴人がその承諾を得たと主張する昭和二十九年二、三月頃の被控訴銀行と訴外服部商会との間の取引状況は、服部商会の被控訴銀行に対する預金の総額が約二百万円であつたのに対し、服部商会の被控訴銀行に対する手形割引残額は金六百万円近くあり、結局服部商会は、預金の約三倍に達する手形割引残債務を被控訴銀行に対して負担していたのである。しかして、一般に、銀行は、割引手形が不渡となつた場合に備えて、何らかの裏付けがなくてはかかる多額な継続的手形割引に応じないことは、銀行取引の常識でありまた公知の事実であるが、本件の場合においても、被控訴銀行は服部商会の右預金を裏付けないし見合いとして手形割引の依頼に応じていたのであつて、右預金は、この意味において被控訴銀行の担保となつていたのである。このような状況下にあつたので、被控訴銀行銀座支店長も、服部商会の預金を第三者たる控訴人の担保に供することを拒絶したのであつて、被控訴銀行としてこれを承諾することは到底あり得ないのである。殊に、控訴人が被控訴銀行銀座支店に来店した際には控訴人は服部商会に対し、およそいくばくの金員を貸与するかということさえ何ら具体的な話をせず、また、自己の氏名すら明らかにしなかつたのである。被控訴銀行のみならず、他の市中銀行においても、預金債権の譲渡又は質入れを承諾する場合は、別に承諾書を作成するか又は預金証書の裏面に承諾の旨記載し押印する方法をとつているのであるが、本件預金についてはもとよりかかる方法もとられていないのである。なお、本件定期預金証書について印鑑照合がなされていることは認めるが、印鑑照合は単に照合を求める印鑑とあらかじめ預金者から銀行に届け出てある印鑑とが同一か否かの確認を銀行がするに過ぎず、印鑑照合をもつて預金の譲渡又は質入の承諾があつたとすることはできない。以上のとおりであるから、控訴人の主張は理由がなく、被控訴銀行は控訴人に対し何らの支払義務もない、と主張し、さらに、仮りに控訴人がその主張のように本件定期預金債権について質権を取得し、またはその債権譲渡を受けたとしても、右定期預金債権については、当事者間に第三者のための質権の設定もしくは債権譲渡を禁止する旨の特約があり、控訴人はこの事実を知りながら被控訴人の承諾を得ずに質権の設定もしくは債権譲渡を受けたのであるから、右質権の設定もしくは債権譲渡は無効である、と抗争した。

理由

証拠によれば、控訴人と訴外服部商会との間に控訴人主張の金額、約旨の消費貸借契約が成立し、服部商会が右消費貸借契約に基く債務を担保するため、本件定期預金証書四通を控訴人に交付したことが認められるから、控訴人は服部商会に対する前記貸金債権を担保するために同商会が被控訴人に対して有する本件定期預金債権について質権の設定を受けたか、または、すくなくも右預金債権を同商会から担保のため譲渡を受けた、と認めるのを相当とする。

被控訴人は控訴人の右質権の設定または債権譲渡は何れも無効であると抗争するので、この点について判断するのに、証拠(本件定期預金証書の記載)によれば、本件各定期預金債権については被控訴銀行の承諾がなければ第三者に対し譲渡もしくは質入れができない旨の特約があることを認めることができる。控訴人は、控訴人が本件預金債権を担保として服部商会に貸し付けることについて被控訴人の承諾を得た旨主張し、原審証人森泰之の証言によると、被控訴銀行銀座支店長森泰之は控訴人に対し「銀行の方に証書を預つているわけではないから、強いて借りられれば、私の方ではどうしようもない」と述べたことがうかがわれるが、この言葉の自体からもこれをもつて銀行側の承諾と解し難いのみならず、この言葉は次に認定する経緯の下で述べられたものであるから、これをもつて本件定期預金債権を担保に供することについての被控訴銀行側の承諾と解することはできない。すなわち、証拠によると、服部商会は昭和二十七年一、二月頃から被控訴銀行と取引を開始し、主として手形割引の方法によつて融資を受けてきたが、昭和二十九年二月末頃には服部商会の被控訴銀行に対して負担する償還債務は約五百八十万円位となつたのに対し、被控訴銀行に対する預金は全部で金二百万円前後となつていた。その頃服部商会代表者服部博から被控訴銀行銀座支店長森泰之に対し、右預金を担保とする融資の依頼がなされたが、森支店長は右預金は前記手形関係から生ずる債務の履行を確保するためのいわゆる「見合い」となつていることを理由としてこれを拒絶したところ、服部から森に対し右預金を担保に他から金借したい旨の意向が示されたので、森は前同様の理由で銀行としては承認できない旨を告げた。そして服部が重ねて右預金を担保に他から金を借りたいと主張したのに対して、森支店長から前記のような発言があつたことが認められるから、右発言は被控訴銀行側の承諾というよりは、むしろ不同意の一表現と認めるのを相当とする。また、本件預金証書について印鑑照合がなされた事実は当事者間に争いのないところであるが、このような事実があつたとしても、預金担保の承諾と解することができないことはいうをまたないところである。このほかに本件定期預金債権を担保にすることにつき被控訴人の承諾を得たという控訴人主張の事実はこれを認めるに足りる何らの証拠もない。

してみると、前記特約に反してなされた本件定期預金債権の質入れもしくは譲渡は何れも無効のものというべく、被控訴人のこの点に関する抗弁は理由がある。

よつて、本件定期預金債権について質権の設定もしくは債権譲渡のあつたことを前提とする控訴人の請求はすべて失当。

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